標準的にはIS-LMモデルのグラフの縦軸は名目利子率で、これにそって前々回前回とアベノミクスを解釈してみました。でもやっぱり、「実質利子率が高止まりしているので産出が増えない」とか「インフレ予想で実質利子率がマイナスになって産出が増加する」というのを説明するには縦軸を実質利子率にしたグラフのほうがすんなり理解できるような気がします。まず、IS曲線とLM曲線の式を復習しておきましょう。

IS曲線
 Y = C(Y - T) + I(r) + G (詳細はこちら
LM曲線
 M/P = L( i, Y ) (詳細はこちら

縦軸を名目利子率にしたときには r = i - πe (実質利子率=名目利子率-予想インフレ率)をIS曲線の式に代入しましたが、今度は i = r + πe (名目利子率=実質利子率+予想インフレ率)をLM曲線の式に代入しましょう。すると
 M/P = L( r+πe, Y )
つまり、予想インフレ率πeの分だけ上下に(πe<0なら上に、πe>0なら下に)平行移動してやればいいわけです。
まず、アベノミクス以前の流動性の罠にはまった状態を書いてみましょう。
図028_流動性の罠(IS-LMモデル)
LM曲線に注目してください。r1は名目利子率=0%に対応する実質利子率をあらわします。名目利子率は日銀の金融緩和によりほぼ0です。この時点ではデフレなので人々はこの先も物価は下がり続けると予想しています。したがって予想インフレ率がマイナスとなり、実質利子率r1はプラスの値になります(しつこいですが 実質利子率=名目利子率-予想インフレ率)。当面日銀が金融緩和を続けるためLM曲線はr1の線におしつけられたような形になっています。
IS曲線と潜在産出量の交点は実質利子率がマイナスの領域にあるのに、予想インフレ率がマイナスのため、実質利子率がr1までしか低下することができず、均衡点E1では産出量がずいぶん低い状態になってしまっています。

このグラフにIS曲線を書きこんだとき、ふと疑問を感じました。LM曲線はr1から下に行けないのに、IS曲線は行けるのか? これはLM曲線の導出過程とIS曲線の導出過程を考えてみると、LM曲線が所得(=産出)→利子率という流れ(所得が増加すると貨幣需要が増加して利子率が上昇する)であるのに対して、IS曲線は反対に利子率→産出の流れ(利子率が下がると投資が活発化して産出が増加する)であることが関係していると思われます。つまり、LM曲線の場合、いくら低い所得を仮定してみても、予想インフレ率がマイナスであるかぎり実質利子率はマイナスになれない。これに対してIS曲線の場合は、いくらでもマイナスの実質利子率を仮定することができて、それに対応する産出はこれこれになる、といえればいいからです。

次にアベノミクスの効果を表すグラフを書いてみましょう。
図029_アベノミクスの効果1(IS-LMモデル)
アベノミクスの金融緩和と財政出動によって、予想インフレ率がプラスになると(しつこいですが)
実質利子率=名目利子率-予想インフレ率
ですから、日銀が金融緩和をつづけ名目利子率=0%であるかぎり、実質利子率はマイナスになります。グラフ上では名目利子率=0%に対応する実質利子率がr1からr2に低下することであらわされています。LM曲線は日銀が政策をなにも変更しなくても、人々の予想が変わっただけで瞬間的にLM1からLM2へ下にシフトします。この時点で均衡点がE1からE1.5に移ります。そして次に財政出動の直接の効果でIS曲線がIS1からIS2にシフトし、均衡点がE2にうつります。これらの効果によって産出(=所得)が増加し景気がよくなるというわけです。

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やっぱり、縦軸が実質利子率のほうがスッキリしますね。このあとの議論では基本、こちらを使っていきたいと思います。

つづく

2013/7/7
実質利子率と名目利子率の関係式が一部まちがっていたので修正しました。初歩的なまちがいを長期間放置しており、もうしわけありません。