では、アベノミクスの第1、第2の矢、金融緩和と財政政策でどのくらいの経済効果があるかを数量的に見積もってみましょう。

金融緩和でも財政政策でもその効果に大きく影響してくるのが乗数効果なのですが(例えば政府が投資したお金がまわりまわって経済効果が増幅されること。くわしくはこちら)、これがいろいろ調べてもよくわからないんです。
大阪学院大学の丹羽春喜氏の論文(2002~3年ごろのものと思われます)では実質値2.4~2.5、名目値で2.5~2.6としています。前の記事でも引用した、日本総研のレポートでは限界消費性向MPC)を0.55と推計していて、これを素直に使って乗数を求めると(乗数=1/(1-MPC))約2.2です。また、内閣府のディスカッションペーパーでは短期金利一定の仮定で1年目が1.21(波及しおわるまでの期間が1年を超える前提)とかなり小さい値になっています。それから、クルーグマンやロウ(Nick Rowe)のニューケインジアンモデルを使った理論(って中身は理解していませんが)によると流動性の罠の状態では「一時的な政府支出の増加の乗数は1」だそうです。ここでは多少控えめに見積もって内閣府の1.21というのを採用しておきましょうか。
その前に、あれって思った人いますか。金融緩和にも乗数って関係あるんだっけ、て思いましたか? アベノミクスの金融緩和でインフレ予想が高まると実質利子率が低下してIS曲線が上にシフトしたり、LM曲線が下にシフトしたりして産出が増加するって前の記事(これとかこれ)で書きました。ここでいう産出の増加は直接的には実質利子率が低下して投資が増えることによりますが、それで終わりではなく乗数効果で増幅されるのです。IS曲線を求めた時にケインジアンの交差図で投資の増加分(ΔI)より産出の増加分(Y2-Y1)のほうが大きかったことを思い出してください(下図)。

図34_IS曲線の導出
次にアベノミクスの金融緩和と財政政策で実質金利が低下した時、どのくらい投資が増加するかを推定してみましょう。下のグラフは実質長期金利を横軸に民間投資額を縦軸にとって2003年から2011年の9年間をプロットしたものです。
図0049_長期金利と民間投資(2003-2011)
実質長期金利は新発10年国債の月末終値のグラフから年の平均を目見当で読み取った数字(=名目長期金利)から総務省統計局が発表している消費者物価指数(生鮮食料品を除く総合)の変化率(=インフレ率)を引いて求めました。実質利子率=名目利子率-予想インフレ率 なので本当はその当時の予想インフレ率がわかればいいのですがそのようなデータが見つからなかったのでインフレ率の実績で代用しているのです。
民間投資額は内閣府が発表しているGDP統計から実質GDP(2005年基準連鎖方式)の総固定資本形成の民間(住宅+企業設備)の項目を使っています(なので、意図しない投資である在庫の増減は含みません)。本当はもっと多くのデータを使いたかったのですが、長期金利のデータによいものが見つからず、9年間のデータで我慢することにしました。
で、点線で示したのが最もよくフィットする直線です。現在の名目長期金利(10年国債の利回り)が0.5%ぐらいで、日銀のインフレ目標が2%なので予想インフレ率もこの値に近づいていくとすると
 実質利子率=2.0%-0.5%=▲1.5%
となります。▲1.5%のところで点線の値を読むと約9.9兆円ですから2011年の実績値7.9兆円と比べて約2兆円のプラス、乗数を1.2とすると約2.4兆円実質GDPを押し上げる効果があるということです。2011年の実質GDPが509兆円なのでこれに比べて+0.47%ということになります。
うーん、もっと大きいかと思っていたのでちょっと残念です。でもTPPの効果が年間3兆円といわれていることを考えればこれでもたいしたものだと言えるかもしれません。もちろん乗数をどのくらいとみるかとかデータの少なさなどが影響している可能性もあります。


では次に財政政策の効果にいきましょう。具体的には13.1兆円の2012年度補正予算になりますが、まず基礎年金国庫負担1/2実現などの2.8兆円を除外して10.3兆円としましょう。このうち4.7兆円が公共事業とのことですが、残りの5.6兆円のうち、どれだけが政府購入(政府が直接物やサービスを購入する)で、どれだけが政府移転支出(政府が家計などに対してお金を配る)なのかよくわかりません。公共事業もふくめ政府購入の場合は乗数は1/(1-MPC) ですが、政府移転支出の場合はいきなり貯蓄にまわる部分があるので MPC/(1-MPC) と小さくなります。ひかえめに考えて、5.6兆円はすべて政府移転支出と仮定しておきましょうか。1/(1-MPC)=1.21になるような限界消費性向(MPC)は0.17でこれだとMPC/(1-MPC)は0.21になります。したがってトータルの効果は
 4.7兆円×1.21+5.6兆円×0.21=約6.9兆円
これは名目値ですから2011年のGDPの数字を使って実質値に補正すると約7.5兆円となります。これに実質金利低下による効果2.4兆円を加えて合計9.9兆円、約2%の実質GDP押し上げ効果があるということになります。
内閣府の推計で2012年10-12月期のGDPギャップが▲3%ですからまだたりませんね。ただここまでかなりひかえめな数字を使ってきたので、実際には3%程度いく可能性は十分あると思います。
また、今回実質金利の低下と財政出動だけを考えましたが、世の中では地価が上昇の気配をみせていて、高級マンションのモデルルームが人でにぎわっている(実質利子率の低下というより、地価や金利の先高感が原因と思われます)なんていうニュースを聞くとアベノミクスにはまだまだ私が知らない波及経路(景気が良くなっていく道筋)がいくつもあるんだろうなーって思います。


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明日はひさびさにかみさんと映画を見に行く予定です。

つづく