消費税について書かれた本を読んで、感じたこと・考えたことを書いてみるシリーズの3回目。取り上げる本は八田達夫著「消費税はやはりいらない」です。最近このブログで教科書として使用している「ミクロ経済学Ⅰ 市場の失敗と政府の失敗への対策」の著者でもある八田氏が1994年に出した本です。さすが一流の経済学者が書いた本はちがう!(ジャーナリストや証券マンあがりのエコノミストが書いた本とは)と思わせる説得力のある中身の濃い本でした。ただし、おしいのは書かれたのが20年前と古いことで、「最近のデータではこの部分はどうなっているんだろう」という部分がたくさんありました。

では、中身をざっと見ていきましょう。
まず、世の中で消費税へのシフトが必要だとされている理由への反論です。

1.
日本の所得税率は諸外国に比べて高すぎる
→ 日本の所得税収の対GDP比は諸外国に比べて低い(OECD加盟国中下から2番目)。所得水準を考慮すると全税収中に所得税収がしめる割合は低めである。

「所得水準を考慮すると」というのは、一人当たりGDP(つまり所得)が大きい国ほど全税収にしめる所得税の割合が高い傾向にある、ということをいっています。このへんは最近のデータではどうなっているのか見てみたいです。

2.
高齢化対策として消費税シフトが必要
→ 高齢化がピークとなる時期(本書では2025年としている)の退職世代(=現在の働き盛りの世代)に多く負担してもらうためには累進的な所得税が必要。その意味で消費税シフトは逆効果である。

3.
日本の直間比率(間接税の税収に対する直接税の税収の割合)は高すぎる
→ 景気変動抑制効果、所得の再分配効果のある直接税の比率は高いほど望ましい。また、所得水準を考慮すれば日本の直間比率は高くない

景気変動抑制効果と所得の再分配効果についてはあとで詳しく書きます。

4.
業種間の不公平(クロヨン)を解消するために消費税シフトが必要
→ 消費税は益税の発生によって業種間の不公平を拡大する

2003年に免税事業者が年間売り上げ3000万円以下から1000万円以下に変更されたことなどによって益税の問題は1994年当時に比べれば軽減されています。

5.
日本では平等化が進んだので再分配はゆるめてよい
→ 所得格差をあらわすジニ係数は上昇している(=格差が拡大している)

著者が消費税シフトに反対する理由の根幹がこの部分だと思われます。著者は累進的な所得税の再分配効果(所得が高い人から高い税率でたくさんの税金を徴収し、それを社会保障を通じて所得の低い人たちに分け与えること)を非常に重要なものだとみています。もちろん、努力した人がむくわれることは大事なことなのですが、高い所得を得たり大きな資産をもつ人というのは、本人の努力以上に運・才能・相続といった本人の努力とは関係のない要素にめぐまれた人であって、だから努力はしているが運や才能がないためにむくわれない人たちに還元すべきだ、というのが著者の主張です。

次に消費税シフトにかわる税制はどうあるべきか、という話に入ります。

6.
所得税については、好況時にも減税をしないこと、各種の所得控除は税額控除に切り替えること、配偶者控除・配偶者特別控除は廃止すること、高所得者の税率を引き下げるかどうかは価値観の問題(経済学的に決められることではない)なので選挙によって決めること

本筋とはちょっとはずれますがおもしろいので書いておくと、不況のときは景気対策のために所得税減税しろ、好況のときには増収になったのだから所得減税しろ、と不況のときも好況のときも所得税減税を求めてきた社会党(今の社民党)が消費税導入の影の功労者だと糾弾しています。消費税撤廃を主張して1989年の参議院選挙や1990年の衆議院総選挙に大勝した社会党ですが、彼らがみさかいのない所得税減税を主張してきたことによって財源が足りなくなり、それが消費税導入のお膳立てをしたというのです。

7.
株や土地の売買で得た利益への課税(譲渡益課税)については、凍結効果(譲渡益に課税されることでなかなか売りに出ないこと)による税収の蒸発を防ぐ死亡時課税の導入

8.
徴税の改善として、税務職員の増加、納税者番号制の導入

9.
高齢化対策の財源としては資産所得税(利子・配当への課税、譲渡益への課税)、相続税、専業主婦に対する優遇(配偶者控除、配偶者特別控除、国民年金第三号保険者)の廃止、年金改革として市場収益率方式の導入

年金改革について少しくわしく解説しておきましょう(あまりくわしく書かれていない部分もあり自分の理解が間違っているかもしれません。ご了承ください)。
年金制度の問題は一部の世代に負担が集中してまうことです。1994年当時の制度のもとの予測では、1955年生まれの世代が自分がもらえる分に見合う分の保険料(理由は省略しますがこれを「市場収益率方式の保険料」といいます)より少ない保険料しか払わないのに対し、1980年生まれの世代では市場収益率方式の保険料を超えて負担しなければならない保険料がGDPの2%(つまり10兆円ぐらい)にもなるというのです。各自が市場収益率方式の保険料とぴったり同じ額を保険料として負担するような年金制度を「市場収益率方式の年金」といいますが、著者は現行(1994年当時)の制度をこの制度に変更することを提案しています。例えばある世代の人がもらえる年金の総額が生涯の総所得の15%だとすると(これを生涯受給率が15%だといいます)、年収の15%を保険料としておさめることになります。ただし、これだと今まで市場収益率の保険料より少ない保険料しか払っていない、もうすぐ受給年齢を迎える世代が本来払うべき分が不足してしまいます。そこで、その分は税金から補填するのですが(いわゆる国庫負担というやつです)、この金額をGDP比で一定にして毎年年金基金に積み立てるのです。著者によるとこれをGDPの1%にすれば2150年には年金基金が十分に蓄積されて完全積立方式(受給世代の年金を現役世代が負担するのではなく、自分が積み立てたお金からとりくずして自分の年金として受けとる制度)が実現するとのことです。
本書に書かれているのは以上のようなことなのですが、実はこのあと2004年に年金制度の大きな変更があり、将来の保険料負担を固定しその範囲で給付を行うという方式に変わっています。そうなるとたぶん今度は一部の世代がもらえる年金額が少なくなってしまうという問題がおきるのではないかと想像されます。最近の制度や経済予測をもとにして市場収益率方式の年金制度の有効性を検証してもらいたいものです。

10.
景気対策としては、所得税・法人税のビルトイン・スタビライザー機能の活用、消費税の一時停止

前回取り上げた「消費税が日本を救う」の中で著者の熊谷氏は消費税は税収が安定していることが利点であると書いていましたが、八田氏は累進的な所得税や法人税は好況の時には自動的に税収が増加し、不況の時には減少するのでそれが景気の振れ幅を小さくするのに役立つと主張しています。不況のときにおこなう公共事業などの景気対策はタイムラグがあり、すでに景気が回復し始めているときに効いてきて今度は景気が過熱してしまうということがありますが(1980年代後半のバブル景気はまさにこれ)、所得税や法人税の景気調整機能(これをビルトイン・スタビライザーといいます)にはタイムラグがないのですぐれているのです。そして好況のときに増加した税収をつかって国債を償還することによって国債の残高を減らしていくことが必要だと主張します。

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著者の主張をひととおり見てきました。データが古いので現在ではどうかな?と思われるところもありますが、基本的には私は著者の考えに賛成です。ただ、このシリーズで読んできた3冊のうち、まともな経済学者が書いた本がこれ一冊だけというのでは不公平ですので、次回は経済学者が書いた消費税賛成本を読んでみたいと思います。

つづく